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弔辞の話、その他。
先日亡くなった赤塚不二夫氏の告別式で、タモリ氏が弔辞を「読んだ」のはテレビでも報じられました。
タモリが赤塚不二夫に見出された人であったのをそのとき初めて知り、「お笑いの人」という先入観とは全く違う生真面目な言葉と語り口に引き込まれると共に、
あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を断ち放たれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と。
この一節をもって、この弔辞は後々日本の(ギャグ)まんが史研究の第一級史料の一つとして語り継がれることになるだろうと思ったりもしていましたが……それが(告別式の映像が流れた直後から噂になっていたとおり)白紙を睨みながらのアドリブだったと聞かされて二度びっくり(^_^;)
これをつまりもせずに話したのはすごいことだ。しかも何も見ずに。「しゃべる」ということに関して、頭の構造が普通の人とは違うのだろう。
というのも同感で、正直「笑っていいとも」や「ミュージックステーション」の司会がそれほどすごいとは思っていなかったので(失礼)、氏への評価を新たにさせられました。これほどの長期間に渡って、当たり前のことを当たり前に進行させるのは、実は当たり前にできることではないのだ、ということなのでしょう。この「勧進帳」をやってのけたタモリ氏も、30年も前にこの人の才能を一目で見抜いてプロデュースした赤塚氏も、どちらもすごいと思います。
……という話を枕に、以下は自分語りなのですが。
私自身はこれまでに、中学生の時に一度だけ、弔辞を読んだことがあります。小児がんで亡くなったクラスメイトでした。
それなりに親しく話したことのある知人がガンで亡くなるというのは初めての経験で、自分たちの年代の人間がガンで死ぬ、ということにいまひとつリアリティが感じられず、告別式当日になってなお、違和感を覚えながら読んだ記憶があります。
父の告別式が、覚悟していた以上に(引退した高校教師の葬儀としては)大げさな?ものになってしまい、そういうのが苦手な母には「お父さんが恥ずかしい思いをしないように頑張ったけど、私の時はああいうのは一切やらないでいいから」と結構本気で言われていて、私自身も「自分の時はいいや、どうせ自分が出るわけじゃないし(ぉぃ)」と思っている口なのですが、どうしてもやりたいという奇特な人がいた場合に備えて(笑)、いちおう自分が死んだときの弔辞は一番の悪友に頼んだ上で、(持病持ちなのですが)そのためにも自分より長生きするように厳命してあります。私のことについては私より詳しい(?)男なので、さぞ面白い話を聞かせてくれるでしょう。
赤塚氏のケースもそうですし、昨年亡くなった私の友人もそう、あと、最近のドラマでは「1リットルの涙」・「ちゅらさん」の小浜島編が印象に残っていて、どちらも(一人でこっそり(^_^;))号泣したのですが……自分の大事な人がある日突然いなくなるというのは、それはそれで辛くて、私自身も「一生に一度でも多すぎる」経験をしたことがありますが、自分の大事な人が「死んでゆく」のを見守らなければならない、というのは、既に起こった事実としての死に直面するより、ある意味辛いことのように思います。
私の父が入院してから亡くなるまで約4ヶ月でしたが、入院直後から混濁した意識は約2週間後に急変してからは戻ることがありませんでした。
その程度の(?)期間でも、また、年齢差を考えれば自分より何年も先に死んで当たり前の父のことであっても、十分辛かったのですが、脳幹部の摘出不能な箇所に腫瘍が見つかった友人の旦那さんなどは、何年か先かもしれないが明日かもしれない、でもいつか、そう遠くない日に「その日」が来ることだけは避けられない(話とかは全く普通にできるのに!)、そんな不安と戦いながら、残された日々をより幸せなものにするために、友人と一緒に日々を精一杯生きていたのだと思います。
自分がそんな状況に置かれたら、正気を維持できるかどうか……自分の大事な人に微笑みかけられるかどうか、自信がありません。
最近、別の友人が同じ状況に置かれたことを知り、(おそらくその友人が私がどう感じたかを想像しているよりも)動揺しています。
しょせん他人の人生であり、(私よりも近しい友人・知人がいるのを差し置いて)外野の自分が下手に口を挟んでも、かえって本人を辛くしてしまうだけなのだろうとも思いますが(何をやってもやり過ぎてしまう自分の傾向を考えるとなおさら)、何かできることがあればしてあげたいな、と、思ったりしています。
同時に……何かの間違いで結婚できたら、嫁さんには自分より長生きして欲しいな、と思ったりもして。
8月14日-20日:割と普通の夏休み?
神戸芸術工科大学の一斉休業期間は昨日までで終了。
多くの大学はこの時期に夏の一斉休業になるので(これまでの経緯からやはりなんとなく大学関係者が多い)このブログへのアクセスも激減するのだが、今週から徐々に回復しつつあるようだ。
休みの間の分をまとめ読みしてくださっている奇特な方もおられるようで、普段少ないアクセス元いくつかからの閲覧が妙に多かったりすると、あぁそちらは今日からご出勤なのね、と(^_^;)
あと、最近 Google ストリートビューや漱石ケータイ小説本の記事を書いたせいか、普段と微妙に客層が違うところからもアクセスされているようだ。ご来店ありがとうございますm(__)m
一斉休業期間後半も、出校して、あるいは自宅で、仕事の調べ物をしたり、本を読んだり、家で母に付き合ってオリンピックの中継見たり、ちょっと出かけて久しぶりの人や普段なかなか会えない人に会って、世間話・おた話から人生観(?)に至るまで延々話してたり……総じて言えば割と普通の夏休みだったかも?
今日から完全に通常の生活に戻そうと思ってたんだが、出先から発送して今日午前中に着く筈だった荷物の配達が遅かったのと、それも受け取っていざ出かけようという段になって、私が留守にしていた時に自治会のことでちょっとした問題が発生していたのを母が思い出して延々と説明を始めたので(^_^;)、とりあえず「○時に来い」と言われていたわけではないこともあり、すぐ終わるのかと思って聞き始めたらあっという間に午後の大半を潰されてしまい(ぉぃ)、まぁそれも親孝行か……ということで出そびれる(苦笑)
というわけで、(ブログに書く(書ける?)ような)特記事項もないのだけれど……後は必死に「夏休みの宿題」の残りをやっつけなくちゃ(@_@)
自分が昔から、泣きながら最終日の夜までやってるタイプなのを否定する気もありませんが……忘れてるわけではないので探さないでくださいm(__)m>関係各位