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別府昭郎『大学教授の職業倫理』
現代日本においては、大学教授になるには、教育実習もなく、資格もいらない。(中略)
したがって、大学の教壇に立ったとき、真摯な教授であればあるほど、とまどう。とすれば、かつて初等・中等学校の教師たちが養成課程や職務実践の中で学んだことを、今や大学教授が学ばなければならない事態に直面しているといわなければならない。
別府 昭郎
東信堂 (2005/05)
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『
社会人から大学教授になる方法』(鷲田小彌太)みたいな本はいまどき大して珍しくもなくなりましたが、(社会人に限らず)大学教授になったからにはどうするべきか、について、いわゆる FD の類とも違う、というか、さらにその前提になる、大学教員としての心構えのようなものを説いた本というのがないかと思っていたときに見つけた本です。
いちばん印象に残ったのは、(大学)教育の、あるいは教授の最低限の役割として、「各自の人生の質そのものに関わる事柄について、学生が独力で的確に判断する能力を形成することができるように手助けすること」を挙げ、その実例として
…カルト教団や霊感・霊視商法、ネズミ講などの、一見するともっともらしい、しかし本当はいかがわしい誘い文句や宗教的表現、トリック・騙しのテクニックなどを見破り、論破する能力・批判的思考力を培うのは、まさに大学教育の重要な任務以外の何ものでもない。
と喝破しているところ。
なるほど、学生たちがどんなに専門知識を身につけても、それ以前のところで足元を掬われてしまっては悲しすぎる。自分の身を守るための知的能力を鍛えることに、一般教養を学ぶ/教える意味はあるのだと再認識させられました。
私の授業は、多分他の先生方が教える英語の時間より雑学・余談の類が多いんですが(^_^;)、その何気ない与太話が、いつか学生の命を救う日が来るかもしれない、そうあってほしい。
ふと思いついたのは、前にブログで紹介したこの事件:
これなどはまだ、本人にはいたずら心は一切なく、「運が悪かった」という余地もありますが、飛行機の離陸後に「これは爆弾だ!」と冗談で言ったら引き返されて本人拘束、という事件もあったはず。
私の授業を取った学生から、そんなことをする阿呆は出てほしくないし、出てしまったら、それは私自身にとっても、大学にとっても、ひとつの敗北だと思う。