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08/01/01 00:01 - Hiro - - TrackBacks(No Trackbacks) - Permalink
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Home > 後藤田正晴元副総理死去
後藤田正晴元副総理死去
19日に亡くなられていたとのこと。享年91歳。
警察庁長官から内閣官房副長官と、官僚としての頂点を極めた上で政治家に転じ、まだ自民党が派閥全盛の時代に、請われてその派閥の壁を越える形で官房長官となり、後には副総理まで務めた「カミソリ後藤田」。
美化しすぎかもしれませんが、権力の表と裏のすべてを見て、自分たちが手にしているものがいかに危険な代物であるかを知り抜いた上で、それを行使する者が持つべき自制心のあり方を示された人であったと思います。
これはいくらなんでも勝ちすぎじゃないかい? と思わせる結果の選挙を経た国会召集の当日に聞く後藤田さんの訃報には、「惜しい方が亡くなった」という以上のものを感じます。
ご冥福をお祈りいたします。
以下は旧サイトの「店長の書棚」に記した読書録(2003年11月)の再録。
佐々淳行『わが上司 後藤田正晴―決断するペシミスト』
文藝春秋(文春文庫)、2002年
選挙前、たまたま本屋で『現代』2003年12月号に出ていた後藤田さんのインタビュー(「語らねば終われない、この国への憂慮」講談社、50-62頁)を久々に見て、その後この本が棚に並んでいたのが目に留まったので買ってみた。
「波乱万丈の戦後「危機管理外史」」という釣り書きが帯に入った、元副総理・内閣官房長官、後藤田正晴氏の評伝半分、著者である佐々氏(『危機管理のノウハウ』が有名な初代内閣安全保障室長)の自伝半分という感じの、在職時代から退任後の今も続くという両氏の「特別権力関係」を描いた本。
湾岸戦争当時、ペルシャ湾への掃海艇派遣を当時官房長官だった後藤田さんが突っぱねたのは有名な話で、上記のインタビューにも「あえて言う、一国平和主義がなぜ悪い」というサブタイトルが付いている。
あの東大安田講堂事件や浅間山荘事件当時の警察庁長官にして後の官房長官・副総理、「カミソリ」と呼ばれた後藤田さんの、徹底的にリアリストだが、同じくらい徹底的に非戦主義、というスタンスが、実は結構好きなのである。
著者については、解説の執筆者にも「若干、文章にお化粧はしている」とからかわれており、読んでいて確かに客観的な評伝とは言い難いというか、佐々さん目立ちたがり、という部分も感じられた(実のところこの人、ときどき「一言多い」のが「口は災いの基」になってしまうところに、結構親近感を覚えたりして (^_^;))。
だが、「人間・後藤田」の茶目っ気を感じさせるエピソードなども挟む一方で、第5章、大島三原山噴火の時に、限られた権限とインフラの中で、後藤田官房長官の指導の下危機管理のアクロバットをやってのけた官邸のエピソードなどは、下手なパニック小説の類よりよっぽど面白い。官邸の危機管理体制がそんなお寒いことでいいのか、というのは、また別の話であるが……。
在職中にカルロス・ゴーン氏のイベント企画に参加したときに、ご本人の『ルネッサンス』のほか何冊かを読み(昨年10月あたり)、今月は本書のほかに緒方貞子女史の本も読んだが、彼らいわば「非常時の指揮官」たちに共通しているのは、徹底した現場主義、すなわち、現場からの生の情報・意見を直通のチャンネルで徹底的に集めた上で、断固とした決断を下す「情報の鬼」であることか。
警察庁長官から内閣官房副長官と、官僚としての頂点を極めた上で政治家に転じ、まだ自民党が派閥全盛の時代に、請われてその派閥の壁を越える形で官房長官となり、後には副総理まで務めた「カミソリ後藤田」。
美化しすぎかもしれませんが、権力の表と裏のすべてを見て、自分たちが手にしているものがいかに危険な代物であるかを知り抜いた上で、それを行使する者が持つべき自制心のあり方を示された人であったと思います。
これはいくらなんでも勝ちすぎじゃないかい? と思わせる結果の選挙を経た国会召集の当日に聞く後藤田さんの訃報には、「惜しい方が亡くなった」という以上のものを感じます。
ご冥福をお祈りいたします。
以下は旧サイトの「店長の書棚」に記した読書録(2003年11月)の再録。
佐々淳行『わが上司 後藤田正晴―決断するペシミスト』
文藝春秋(文春文庫)、2002年
省益ヲ忘レ、国益ヲ思エ。最近のこのサイトをご覧のとおり、危機管理づいている今日この頃である。
悪イ、本当ノ事実ヲ報告セヨ。
勇気ヲ以テ意見具申セヨ。
自分ノ仕事デナイトイウ勿レ。
決定が下ッタラ従イ、命令ハ実行セヨ。
(「後藤田五訓」)*1
選挙前、たまたま本屋で『現代』2003年12月号に出ていた後藤田さんのインタビュー(「語らねば終われない、この国への憂慮」講談社、50-62頁)を久々に見て、その後この本が棚に並んでいたのが目に留まったので買ってみた。
「波乱万丈の戦後「危機管理外史」」という釣り書きが帯に入った、元副総理・内閣官房長官、後藤田正晴氏の評伝半分、著者である佐々氏(『危機管理のノウハウ』が有名な初代内閣安全保障室長)の自伝半分という感じの、在職時代から退任後の今も続くという両氏の「特別権力関係」を描いた本。
湾岸戦争当時、ペルシャ湾への掃海艇派遣を当時官房長官だった後藤田さんが突っぱねたのは有名な話で、上記のインタビューにも「あえて言う、一国平和主義がなぜ悪い」というサブタイトルが付いている。
あの東大安田講堂事件や浅間山荘事件当時の警察庁長官にして後の官房長官・副総理、「カミソリ」と呼ばれた後藤田さんの、徹底的にリアリストだが、同じくらい徹底的に非戦主義、というスタンスが、実は結構好きなのである。
著者については、解説の執筆者にも「若干、文章にお化粧はしている」とからかわれており、読んでいて確かに客観的な評伝とは言い難いというか、佐々さん目立ちたがり、という部分も感じられた(実のところこの人、ときどき「一言多い」のが「口は災いの基」になってしまうところに、結構親近感を覚えたりして (^_^;))。
だが、「人間・後藤田」の茶目っ気を感じさせるエピソードなども挟む一方で、第5章、大島三原山噴火の時に、限られた権限とインフラの中で、後藤田官房長官の指導の下危機管理のアクロバットをやってのけた官邸のエピソードなどは、下手なパニック小説の類よりよっぽど面白い。官邸の危機管理体制がそんなお寒いことでいいのか、というのは、また別の話であるが……。
在職中にカルロス・ゴーン氏のイベント企画に参加したときに、ご本人の『ルネッサンス』のほか何冊かを読み(昨年10月あたり)、今月は本書のほかに緒方貞子女史の本も読んだが、彼らいわば「非常時の指揮官」たちに共通しているのは、徹底した現場主義、すなわち、現場からの生の情報・意見を直通のチャンネルで徹底的に集めた上で、断固とした決断を下す「情報の鬼」であることか。
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- 1 この項追記:ただし、後藤田さん本人は、「訓示ではなくあいさつをしただけ。それを佐々君がまとめた。佐々君は口八丁手八丁の優秀な人で、何でもうまくまとめて、自分の都合が悪いと私が言ったことにしてしまう。」とコメントしている(^_^;) 新現役ネット・第十九回新現役宣言フォーラム「後藤田正晴、佐々・岡本を叱(しか)る」(2004.4.22)
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